買取人気ブランド [ パテックフィリップ(PATEK PHILIPPE)] |
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パテックフィリップ(PATEK PHILIPPE)の主要腕時計
ノーチラス(Nautilus)
1970年代の中頃、気品に溢れ、強靭で、毎日の生活の中の忠実な伴侶となり、卓越性の追及というパテック フィリップの哲学を体現したコレクションを目指して誕生したのがノーチラスでした。
ノーチラスの成功の秘密は、オリジナルティーあふれる8角形のフォルムにあります。各辺がわずかなふくらみのカーブを描き、全体が洗練されたクラシックなかたちをつくり出しています。
ノーチラスは、ゴールドまたはステンレススチールから切り出された裏蓋のないシングルピース・ケースを採用、船の船窓と同じ構造により12気圧または6気圧の防水機能を実現しています。
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パテックフィリップの歴史は、ポーランド生まれのアントワーヌ・ノルベール・ド・パテックが亡命先のジュネーブで高級懐中時計の製作をはじめたとき、幕を開けました。
品質を何よりも重視した彼の製品はやがて多くの顧客を獲得し、成功に勇気づけられた彼は、同じポーランド移民で有能な時計師のフランソワ・チャペックと共同で最初の会社、《パテックチャペック社》を1839年5月1日に設立しました。
6名の工員からスタートしたパテックチャペック社の製品は、当時から美的な探究と技術的な巧妙さが融合された、まさに完成された境地に達していました。
その後、発明の天才ジャン-アドリアン・フィリップとアントワーヌ・ノルベール・ド・パテックとの巡り合いにより、パテックチャペック社は、《パテック フィリップ》(Patek Philippe & Cie)と改め、世界の時計製作を大きく進歩させ歴史にその名を残すこととなったのです。
パテック フィリップの「販売台帳」によれば、日本との取引開始は1867年に遡ります。
同年開催されたパリ万国博覧会に出席するため渡欧した徳川昭武は、ジュネーブを訪問した際、次の3個の時計を購入しています。
両蓋竜頭巻上げ懐中クロノメーター(イエローゴールド)」
両蓋竜頭巻上げ懐中<アラーム付>(イエローゴールド)」
オープンフェース竜頭巻上げ懐中時計(ローズゴールド)」
ちなみに、徳川昭武は第十五代将軍、徳川慶喜の実弟にあたり、渡仏時は14歳でした。
また、パテックフィリップの著名顧客名簿によると、大正天皇、昭和天皇がパテックフィリップをご愛用になっておられたと記されており、さらに今上天皇もご購入になられています。
パテックフィリップほど、著名人に愛されている時計はありません。
限られた人々しか時計を所有できなかった時代から、すでに多くのパテック フィリップ愛用者がいました。
パテックフィリップ(PATEK PHILIPPE)の歴史年表
1851年
ヴィクトリア女王が竜頭巻上げ・時刻合わせ式18金ペンダント・ウォッチを購入。
1877年
ピュートル・イリッチ・チャイコフスキーがルイ十五世スタイルのクォーター・リピーター付懐中時計を購入。
1895年頃
マリー・キューリーがジュネーブ芸術教会からペンダント・ウォッチを授与される。
1915年
アルベルト・アインシュタインが相対性理論を発表、超薄型の懐中時計を購入。
この懐中時計は、眼の弱いアインシュタインのために特に太い書体の数字アワーマーカーが用いられています。
1996年
パテック フィリップは世界でもっとも先端的な時計製作センターをジュネーブ郊外のプラン・レ・ワットに建設しました。
この新しい時計製作センターは、創作デザイン、設計、製造、検査、ロジスティック、マーケティング、コミュニケーションなど全ての活動を統合したパテック フィリップの本社工場です。
またパテックフィリップは、二十世紀最後の10年間を通じ、ゴンドーロ・コレクションとTwenty-4コレクションという2つの新しいコレクションを生み出しました。
そして、西暦2000年という新しいミレニアムの到来にふさわしいユニークピースを創作するという、未曾有であると同時に勇気のいる挑戦は、時を最も詩的に表示することを目指したマスターピース「スターキャリバー2000」を誕生させました。
「スターキャリバー2000」を完成させたパテック フィリップの謹直で情熱にあふれた時計製作者たちの使命はこれで終わったわけではありません。
今日もパテック フィリップの工房からは数々の傑作が生み出されているのです。 |
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